出会いはあまり愉快なものではない。
どちらかと言えば、不快なものだっただろう。思い出を摺り合わせれば、お互い気まずいモノを感じるのだから違いない。
 それでも、巡り合わせという奴は不可思議なものだ。敵同士になったとて可笑しくもない自分達がこうしてクリスマスに待ち合わせをしているのだから。

 スリスリとサンダルから引き上げた裸足の右脚を左脚のスエットに擦りつける。少しばかりの摩擦熱がジンと冷えた足先を温めてくれた。
なんだかんだで、『ホワイトクリスマス』を提供してくれていた季節が、今年は少し暖かい。地球温暖化の影響かどうかなど成歩堂にはわからなかったが、こうして外で待ち合わせをしている身としては、暖かい方が良いに決まっていた。
 駅の広場に設えられた大きなツリー。キラキラと節約という言葉など関係ない様子で輝いている。人目は引く。カップルは、肩を寄せ合いウットリと眺めては通り過ぎていく。
 その際に、必ず自分に視線を送り怪訝そうな表情になるのを、何度苦笑して見ただろうか。もう何度もそうされていたので、今は目深く帽子を被ってしまった。
 こんな目立つ場所でなくたって、と吐息をはいた。
自分は、怪訝な顔で見られる程度だが、彼は…。

「成歩堂!」

 そんな考えを見透かされたように、大きな声で名を呼ばれた。不敵な事に呼び捨てだ。9歳も下のオトコノコになんて、考えものだろう。
 しかし、彼は気にする様子もなくジャラジャラと鳴らしながら成歩堂の前に立った。仕事をする時の格好ではないけれど、彼はジャラジャラと音のする子だ。
 成歩堂は改めて、目の前に立つ響也を見上げる。短い金色の髪が、照明にキラキラと反射していた。サングラスを掛けているのは変装のつもりだろうか? まだ幼さを残す顔立ちに少しばかり不似合いだ。
 取りなよ…と言いかけて、法廷でもないのでやめる。どんな格好をしていたって此処は関係ない。自分だって背広にネクタイではなく怠いパーカー姿だ。
 響也はサングラスを指先にひっかけて下ろした。青い瞳が月形に緩む。
「ごめん、待った?」
「…あのね、響也君。僕は女の子じゃないんだから『ううん、今来たとこ』なんて言わないよ?」
「そういう可愛い言葉、いいよね。」
 微笑まれたのは驚いた。親友に返したのなら、ムッと眉間に皺が寄るに違いない。
三十路に差し掛かろうという男に(可愛い)はない。
「早く行こう。折角のクリスマスが終わっちゃうよ。」
 思わず言葉を失っていた成歩堂を響也は急かす。手を握られそうになり、成歩堂はやんわりとその指先を拒んだ。瞬時に表情を曇らせる年下の恋人に苦笑いを浮かべる。
「君は目立ちすぎるよ。」
 さっきから周囲の視線は、響也に集まっている。芸能人だとバレた様子はないけれど、彼の外見は兎に角目立つのだ。
 諭す内容はわかっているのだろう、渋々といった感じで頷いた。
「僕は気にしないのに…。」
 小さな反論は成歩堂の顔に再び苦笑を象る。
成歩堂とて目立つ事自体が不快なのではない。明らかに人々の羨望を集めるこの青年は、自分の『恋人』だ。親友のひとり程ではないにしても、自慢したくなる性質ではある。

 けれど、今はしない。したくない。

「僕は気になるんだ、行こう。」

 イルミネーションよりも輝く恋人に誰の視線も集めたくない。

 パーカーのポケットに両手を突っ込み、歩き出した成歩堂の後を響也が追う。
視線が剥がれていくのを感じながら、大通りを外れ横道に入った。
「成歩堂?」
 自分の行動を咎められたと感じたのか、響也の声が低い。彼の足音が近づいて来るのを見計らって、振り向いた成歩堂はニコリと嗤う。
 眉を大きく歪めるのは、不安が募っている証拠だ。
「遅れて怒ってるならそう言え…!」
「君に会えて怒ってる訳がないだろう?」
 響也が次の行動を起こす前に、腕を掴んで引き寄せる。素早く唇を近づけるとそれと重ねた。すぐに離れても、肌が触れた暖かさは余韻として響也を縛る。抵抗がない唇を今度は深く密着させた。

「成歩堂、さ、ん…。」 

 唇を放せば、冷静さを保とうと乱れる息を堪える姿が小憎らしい。それでも、んと鼻を抜ける声は甘く緩んでいた。  僅かな時間だったけれど、確実に響也に物足りなさを植え付けたようだ。これで響也も素直に自分の誘いに乗ってくれるだろう。

 クリスマスの夜を響也と熱く過ごしたい

 響也がそれを望んでいないとは思わないが、若者は何処か素直ではなくこうした一計も大切だ。
「Merry Christmas」
 流暢な発音と共に返された熱に、成歩堂は密やかに微笑んだ。
 


理由を教えてあげる





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